2014年1月31日金曜日

陣ヶ峯城

坂下町にある城跡で、平安末期の城館らしい。保安元(1120)年、越後の伝城四郎長茂が築いたといわれ、永久2年(1114年)に藤原忠実が伝領しているらしい。藤原忠実は官歴の項目が華やかなので出世した人のようだし、藤原だから京都の人だろうか。

遺構から白磁などの多くの貿易陶磁器や青銅製品、鉄製品が出土したらしいが、それらの状態から、城は焼失したと推定されるらしい。これらの白磁は博多ルートでしか輸入されない高級品だったらしい。

この城が立つ70年位前の天喜3年(1055年)前九年の役の際に源頼義が戦勝祈願のために熊野堂村(福島県会津若松市)に熊野神社を勧請していて、その後、寛治3年(1089年)後三年の役の時に喜多方市に熊野新宮社が遷座・造営されている。そこで100人以上の神官が働いていたらしい。

坂下と若松は自転車で行ける距離だし、坂下と喜多方も近い。関わりがないわけがないけど、どういう関わり方だったのだろう。

これより前の、4から6世紀の古墳時代から会津には豪族がいたみたいだけど、11、12世紀になると西日本の人間が出入りしているらしく、7、8、9世紀頃に何があったのか気になる所だ。


参考
http://www.aizue.net/sityouson/aizubange.html#kamegamorikofun
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A3%E3%81%8C%E5%B3%AF%E5%9F%8E
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-05-26

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