2014年2月2日日曜日

田中舟森山古墳

塩川町にあるの古墳。東北地方最大の前方後方墳である可能性があると言われているらしい。出土した埴輪と土師器から4世紀前半の築造と想定される。

全長90mの前方後円墳。後方部から墓壙(南北6.4m・東西7.7m)南北方向に長軸をもつ長軸円形の主体部(粘土郭・被葬者の埋葬部)を発掘。確認。出土品は鉄剣・円筒埴輪・古代土師器片が少量出土されているらしい。

塩川町の隣町の坂下町に福島県内では最大で、東北地方では宮城県名取市の雷神山古墳に次ぐ第2位の規模の亀ヶ森古墳がある。

若松市には東北地方では第4位の大きさの大塚山古墳があり、日本製の三角縁神獣鏡をはじめ多くの遺物が検出されたそうだ。

この田中舟森山古墳の近くには常世式土器の常世原田遺跡がある。縄文時代早期の遺跡は小規模な場合が多いらしいが、常世原田遺跡からは土器、土偶、石器は多量に出土するらしい。常世竹花古墳もある。

そして、この古墳時代のあとの世紀後半から6世紀初頭の古墳時代中頃には古屋敷遺跡の時代がある。

古屋敷遺跡は、現在確認されている古墳時代の豪族 (首長)居館関連遺跡の中でも国内最大級の規模で、当時の政治・軍事・経済の中心地。本遺跡の施設規模から、富の集積と強大な政治・軍事力をもつ権力者の存在が想定されるらしい。

塩川町に大きな古墳があったとしても不思議ではない。

塩川の青津には、その昔、豪族が住んでいて、高寺山のてっぺんにあった高寺を擁してしたという説もあるらしい。

高寺は坂下町にあったと言われる。欽明天皇元(540)年、中国、梁の高僧である青岩が庵を結び、後に高寺と呼ばれ隆盛を誇った寺。

現在は恵隆寺となっている。弘法大師(空海)が掘ったとされる約8.5mの立木観音と30体の眷族の像が今も残っている。

参考
http://www.asahi-net.or.jp/~fx3j-aid/kofun/tohoku/fukusima/40_sokw/nakayasawa2.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E3%83%BB%E8%88%9F%E6%A3%AE%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3
http://www.k3.dion.ne.jp/~skill/page014.html
http://ultra-kaso.cocolog-nifty.com/photos/kannon/100_0582_1.html

0 件のコメント:

コメントを投稿